※本記事は『日経ビジネス 教育特集号 AUTUMN.2025〈東京ストーリー〉(日経BP社)』に掲載されたものです。
中等部教頭 奥田 修司 先生
2025年4月から完全中高一貫校として新たなスタートを切った東京農業大学第一高等学校中等部。「知耕実学」の教育理念のもと、本物に触れる「実学」を重んじる教育を実践し、進学校としても存在感を増している。現在の同校の「ステージ」について、奥田修司教頭に語っていただいた。
完全中高一貫校として、6年間継続した教育を行えるよう転換した同校。その意図について奥田教頭は「中学までの学びを途切れさせることなく、中学3年間で積み上げたものを高校につなげていきたいという思いがありました。新たなステージへと踏み出すにあたり、“共創”というテーマを掲げています。本校には附属小学校から進学した生徒もいます。実学主義で教育を受けてきた彼らと中学受験を頑張って入学してきた生徒が同じクラスで、6年間をかけてこれから共に学校生活を創っていくことを構想しています」と話す。
同校では『ステージ』という言葉に、ふたつの意味を重ねている。完全中高一貫校にしたことでできた『学年ごとに分けた3つのステージ』と『新校舎』だ。「中1・2が第1のステージで、植物に例えると土を耕して種を植える時期です。第2のステージが中3・高1です。今まで分断されてきたこの学年が、継続して一緒に活動することで芽が出てくる時期です。この時期に、外部のコンテストや大会に挑戦するなど、様々な経験をします。そして、高校2・3の第3のステージで、これまで積み重ねてきた知識や教養を一気に花開かせます」
2023年に完成した2号館ラウンジ。
休日も生徒が利用している。2026年には新3号館が完成する
そしてこの段階的なステージを支えるのが、もうひとつのステージとなる新校舎だ。2023年度に竣工した新2号館には、物理実験室、美術室、音楽室、書道室、技術室など実技系の教室が設置されている。1階には広いラウンジを設け、自習室には約100席もの個別ブース型の席がある。自習室が整ったことで、朝から自主的に学ぶ生徒が増えたという。また、2026年度秋に竣工予定の新3号館の最大のポイントは1階に設置する図書館だ。図書館の先には、購買のあるラウンジが設けられ、誰もが図書館を通り、自然と本に触れられる仕組みとなる。上階には、生物実験室や化学実験室を複数導入し、最新の設備が備えられる予定だ。
一中一高ゼミ「数学を目で見よう」の様子
環境が整い、進学実績にますます拍車がかかると予測できるが、これまでも進学実績が伸びてきた理由はどんなところにあるのだろうか。 奥田教頭は、特別なことはしていないと話す。
「夏期講習や冬期講習を行っている他、最難関大学を志望する生徒のためにゼミ合宿やオリジナル模擬試験を実施するなど、多くの進学校がやっていることはしています。ただ、本校の特徴として、先輩の姿を見ることで、自分も進んで学ぶようになる自律型の生徒が多いと思います。放課後も先生に質問に来る生徒が多く、受験が近づくと添削してほしいと過去問を何回も解いて持ってくる子もいます。小さな積み重ねが、今の進学実績につながっているのだと思います」
その積み重ねの一つにリベラルアーツに注力する同校らしい「一中一高ゼミ」がある。その特徴は、教員の教科にとどまらず、専門とする研究や趣味まで幅広いテーマで講座が設定されることにあり、教室を飛び出すフィールドワークを伴うこともある。また、1回で終わるものもあれば、継続して数回、さらに毎年開かれるものまで多種多様だ。今年度は、6月だけでも9講座の募集があったが、多い時では年間で100講座ほど実施する。とにかく自由度の高さに特徴があり、人数制限もせず、実施したいタイミングで行われる。
「たとえば、合唱コンクールの前に指揮法講座の開講や、科学コンテストの問題に挑戦する講座、映画や落語などの趣味である講座を開く先生もいます。友人知人や卒業生にも協力してもらうこともあり、建築業界に進んだ卒業生が建築物のミニチュア製作の講座を開いたり、テレビ局勤務の方に報道について話してもらうこともあります。箱根駅伝走者による走り方講座を開催した際は100人くらい生徒が集まりました」
時には、「ふだん掃除をしない場所を掃除しよう」「ペーパークラフトのゼミをしたい」など生徒考案のゼミも開講。ゼミで行っていた「模擬国連」は今では部活動に昇格した。また商品を考案する「模擬起業コンテスト」への挑戦もゼミから発展して現在では学年単位に広がり、先輩が後輩に指導しながら、選ばれた優秀なチームを本選に送り出している。
「我々教員も生徒から刺激をもらいながら、もっとおもしろいものを提供しようと考え、教員も勉強を怠りません。これもまた生徒たちとの“共創”です」
「共創」の一環として、行事後の雑誌制作もある。通常は感想文を書いて終わるものを、雑誌のスタイルで記事やエッセイにして行事を振り返るのだ。
「行事での“共創”の一つとして、今後は修学旅行先や業者の選定まで、生徒自身に行ってもらおうと考えています」
また、「課題研究」にも力を入れてきた。中1から様々な分野への問題意識を持たせ、先行研究を調べるように指導する。中2では仮発表をしながら、さらに追究を深め、中3では実際に研究をしている大学の研究室に自らアポイントメントをとって話を聞きに行き、最終的に論文に近いサマリーを執筆する。
「大学の研究室に中学生を行かせるのはハードルが高いのではと思っていましたが、実際に行ってみると、いろいろな大学から生徒の礼儀や熱意を褒められました。大人が彼らの能力に蓋をして、制約をしてはいけないと改めて感じましたね」
課題研究発表の様子。優秀作品は東京農業大学で発表を行う。
現中1からは高校1年までかけて論文を作成する
こうした活動の成果を総合型選抜や学校推薦型選抜など年内入試に活用する学校が多いが、同校は意外にも年内入試の利用者は2割程度だという。多くの生徒は自分の学びたい分野でより高いレベルを目指し、一般選抜を受けるというのだ。そのため、難関校の指定校推薦でさえ誰も受けない年度もあるという。
その一方で、2025年度入試で東大に現役合格した5名のうち1名は、学校推薦型選抜合格者で、同じく東大の最先端ユースアカデミー高校生研究員に採用された高1生もいる。海外の大学への合格者も少なくないが、海外進学を推奨しているわけではなく、生徒が自ら志望した時に支援するだけだという。
「生徒の希望を曲げて進学実績にすることはありません。ただ、生徒自身が妥協しませんし、同じ学びならワンランク上がいいと自ら選んでいるのです」
同校の実学主義は、多彩な体験の機会を与え、生徒自身が自律して伸びていく環境をつくることから始まっているといえるだろう。
東京農業大学第一高等学校中等部 お問い合わせ先
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